TOP 治安維持法とゲーム規制 怪しいインターネット児童ポルノ規制法案

Copy日本における治安法と警察 ──その動向と法的課題── 生田勝義

この論文は、「日本における治安法と警察(生田) 立命館法学2003 年6号(292号)」のページから転載させていただきました。 目次 はじめに 1 概念の整理 2 日本の治安法と警察の基本的特徴 3 日本における治安法の構造 (1)典型的治安法 (2) 機能的治安法 (3) 安全保障的刑法への動き (4) 憲法の平和条項と軍事法・治安法の緊張関係 4 日本における警察の構造 5 警察とその他の情報機関との関係 6 警察腐敗の顕在化と刷新の動き おわりに [引用文献] はじめに──本稿の目的──  国家や法は個々人の自由や権利を保障するために存在する。国家や法秩 序のために個人が存在するのではない。このような個人と国家社会の関係 を律する理念は,近代が成し遂げた貴重な歴史的成果である。もっとも, 近代では個人が抽象的な人格として捉えられたため,生身の人間としての 個々人すべてに自由や権利を保障するということにはならなかった。この 残された課題は,その後,進歩と反動という,「行きつ戻りつ」の行程を 辿りつつも,全体としては人類の血と汗と涙の努力によって徐々に具体化 されることになる。  自由や権利の発展における進歩と反動が端的に現れるのが治安法と警察 の分野である。本稿は,激動する現在日本における「治安法」と「警察」 を俎上に乗せ,人権と民主主義を発展させるためにそれらが法的な制度と していかにあるべきかという課題に取り組もうとするものである。この意 味において,本稿の第1の目的は,歴史学や社会学などといった事実学か らのアプローチというより,法学からの規範的アプローチによって,今後 の法や警察のあるべき姿を探求するところにある。第2の目的は,日本の 「戦後改革」と日本国憲法がその後の日本法に残した進歩的側面を基本的 な法構造のレベルから明らかにすることによって,輸入法学でない科学的 比較法学と日本法の動的分析の必要性を明らかにすることにある。第3の 目的は,日本の治安法と警察の実務に見る裁量の大きさを明らかにするこ とによって,日本でも顕著になりつつある法解釈論(とりわけ刑法解釈 論)における規範主義的傾向に警鐘を鳴らし,保障原則の重要性を再確認 することにある。 1 概念の整理  法的な概念は,同じように見えても国により微妙な違いがある。また, 同じ国においても時代により変化することが多い。そこでまず,分析対象 を明確にするために,本稿のキー・ワードである「治安法」と「警察」に ついてその意味を整理しておこう。 (1)「治安法」とは何か。  治安という言葉の意味は,「国家が安らかに治まること。社会の安寧・秩 序が保たれていること。」(『広辞苑』)であるとされている。これは,生身 の人間の安全,すなわち個々人の生命・身体・財産の安全が保護されてい ることと同じではない。生身の人間とは区別された国家とか社会の,しか もその平穏の保持が内容とされている。この違いは,それらを保護するた めに制定される法の性質や構造の違いを生み出すことになる。  刑罰法規に限って見ると,個人の安全を保護することを基本にする「市 民刑法」と国家・社会の平穏・秩序を保護する「治安刑法」という違いが 出てくる。社会や国家さらには法は個人の自由や権利を保障するために存 在するという理念に立って,個人の自由や権利を保障するための法を「市 民法」と呼ぶとすれば,個人を超越した国家や社会の平穏・秩序を保護す る法は「治安法」と呼ぶことができる。この治安法は刑罰法規にとどまら ず,広く行政法による規制を含むことになる。日本における戦前の天皇制 による圧政を支えた治安維持法は治安刑法の典型であり,治安警察法は治 安法の典型であった。生身の個々人の安全を離れ,国家や社会の平穏・秩 序を保護の対象として持ち出さざるを得ないのは,その国家や社会の秩序 が実は国民すべてにとって必要不可欠なもの,つまり国民すべてを平等に 保護するものではないからである。国家や社会の階級性という側面がどう してもそこにはついて回らざるをえないのである。その意味で「治安法」 は政治性を帯びることになる。  市民刑法によると,犯罪は原則として他人の権利・利益を害する行為 (=他害行為)でなければならない。市民刑法は,自由という人権を基礎 にして組み立てられている。その自由とは,「他人を害しない全てをなす ことができることにある」(1789年フランスの「人及び市民の権利宣言」 第4条)とされる。近代以降の刑法原則の一つに侵害行為原理があるのだ が,その原理の基礎にあるのが人権としての自由なのである。それに対し, 治安刑法は,生身の人間やその財産を害する行為がなされなくとも,国家 が危険と認定する思想・信条を表明するとか,組織を作る(結社)だけで, 犯罪として裁判にかけ処罰する。治安法はさらに,そのような思想・信条 の表明や結社を事前的に防止するため司法によるチェックなしに予防的行 政規制を可能にする。治安刑法・治安法とも,自由や人権,民主主義の対 立物である。  もっとも,市民社会が成熟するにつれ,個人を超越した国家・社会とい う観念は通用力を弱め,個人の安全を保護するために国家や社会の平穏・ 秩序を保護するのだという説明が前面に出されるようになる。あるいは単 に,住民や国民の「安心」や「安全感」を保護するのだという説明がなさ れることもある。最近の日本では,後者の説明が『警察白書』などで使わ れている。  なお,「治安がよい」という表現は,結果として国家や社会が平穏であ り,秩序が保たれている状態を指すのであれば,問題はない。問題は,治 安を国家が国民の自由や権利を制限して強権的に実現しようとする点にあ る。 (2)「警察」の意味  警察についてはまず,犯罪捜査などのための強制力行使を法認され,そ のための合法的な強力をそなえた公権力機関である警察組織と,犯罪の捜 査・予防にとどまらず,広く社会公共の安全,秩序の維持にあたる公権力 の活動を意味する警察作用とを区別しておく必要があろう。  次に,警察作用はさらに,司法警察作用と広義の行政警察作用に分けら れる1)。広義の行政警察作用のうち,警察組織によって行われるものは保 安警察といわれることもある2)。  警察作用が奉仕する人の違いによる区別もある。市民の日常生活の安全 に奉仕するのが「市民警察」。権力者のためにその政治的敵対者を抑圧す る役割を担うのが「政治警察」ないし「治安警察」である。政治警察や治 安警察は「諜報機関」でもある。以上4つは現在の日本では学問上の用語 であり,法令に直接の根拠はない。日本において名実ともに政治警察ない し治安警察といえるのは破壊活動防止法の実施機関としての公安調査庁で ある。それ以外に,警察法が規定する「警備公安」警察も市民警察の装い をとりつつ実態において政治警察・治安警察の役割を担うものといってよ い。  本稿の主眼は,警察組織とそれによって担われる警察作用を俎上に載せ, そのあり方を検討することにある。 2 日本の治安法と警察の基本的特徴  今日の日本における治安法と警察の基本的特徴は何か。基本的特徴とは, 基本的構造であるといってもよい。それは簡潔にいえば,相対立する2つ の動き,すなわち,治安法については,市民刑法原則と政治刑法化とのせ めぎあい,また警察については,第1に,警察作用の分権化による行政警 察権限の縮小とそれに対立して拡大する動き,第2に,警察組織の分権化 に対する中央集権化,第3に,警察民主化のための警察管理への国民参加 に対する警察官僚組織によるその形骸化,という相対立する動きのせめぎ あいの中で,それぞれにおいて後者の動きが優勢になってきたということ であろう。と同時に注目すべきなのは,このせめぎあいが刑罰法規や警察 に関する基本法制の規範構造には依然として色濃く残っているということ である。 (1) 天皇制軍国主義を支えた治安法・警察および内務省の解体 1) 治安法・治安警察の解体  戦後の治安・警察法制の展開に決定的な影響を与えたのは,1945年8月 ポツダム宣言受諾にともなう民主化措置により,天皇制ファシズムを支え た治安法・治安警察がほぼ全面的に解体されたことである。治安維持法, 治安警察法,新聞紙条令,出版条令,違警罪即決例などの廃止,思想警 察・政治警察であった内務省刑保局や特別高等警察の廃止などがなされた。 警察関係者の中の高級官僚の公職追放,特に特高関係者については全員の 公職追放がなされた。これらの治安法制の解体によって,(爆発物取締罰 則や暴力行為等処罰に関する法律が残るなどの問題があったものの),戦 後の日本では一時期,市民刑法の法体制がかなり純粋な形で妥当すること になる。  軍事法であるが,対内的には治安法の機能も果たしていた国防保安法, 軍機保護法,軍用資源秘密保護法も,廃止された。刑法典からも,戦争や 軍隊を前提にする犯罪規定が削除された。 2) 内務省の解体と行政警察事務の各省庁への分散  さらに重要なのは,中央集権的警察組織と広範な行政警察作用を束ねて いた内務省の解体であった。警察組織が責任を持つべき事項が,犯罪の予 防・抑圧,犯人の捜索・逮捕,生命および財産の保護,法および秩序の維 持,交通取締及び安全交通などに限定されるとともに,内務省が所管して いた保健衛生,消防,経済取締など広範な行政警察事務が,厚生省や自治 省など各省庁の事務に分散され,その行政事務に転化された(この点が日 本の戦後警察の重要な特徴になっていくにもかかわらず,治安立法研究に おいてはあまり言及されることがないので,あえて強調しておく。)。その ようにして各省庁に分散された事務や作用は最早,行政警察作用という用 語に似つかわしいものではなくなったといってよい。  行政取締法規違反に対する制裁の多くも,行政機関が言渡すことのでき る行政罰でなく,裁判所が言渡すことの必要な刑罰に代えられることに なった。この措置は,戦前における行政警察が裁量権限を濫用し国民の自 由や権利を侵害したことへの反省からなされたものであったが,今度は逆 に刑罰が多用され,刑罰インフレーションが生じることになった。  しかも,警察による強制捜査には裁判所のチェックが必要であるとは いっても,各省庁の行政作用法に刑罰を多用することは,行政警察作用は 各省庁に分散したものの,犯罪の捜査,犯罪の予防という警察権限を経由 して,警察組織の権限を再び拡大することになる。  警察権限の強化・拡大は,また司法警察権限において顕著になされた。 戦前の警察官は,犯罪捜査については検事を「補佐」するにすぎなかった のだが,戦後は検察と並び捜査権を持つことになった。このことも,行政 法違反への刑罰の多用とあいまつことによって,警察組織の権限を大きく 拡大することになる3)。  警察力の分権化により警察権力が強大になることを避けようとするので あれば,行政取締法規違反に刑罰を多用するのでなく,行政手続法により 手続保障を丁寧に行ったうえで,刑罰よりも穏やかだがそれだけに小回り の利く効率的な制裁や措置を法認する方向で解決すべきだったと考える。 3) 治安法・警察・内務省の解体がもった意味  これらの解体により,戦後民主化のための設計図をかなり自由に引くこ とが可能になった。そのような解体は,戦勝国の占領軍による実力支配下 において占領軍主導でなされたから可能であったといえる。けれどもその ことは他方において,解体したところに新しい民主的な警察を構築すると いう取組みにとってはその民主的な担い手の成長が追いつかないという弱 点となっていく。 (3)「戦後改革」による警察民主化  戦後改革期には単に旧体制の解体にとどまらず,国家・社会全体にわた る民主化が進められた。公権力を支える合法的強力である警察組織につい ても民主化が進められた。占領軍は間接統治という方法で日本の民主化を 進めたのだが,戦争推進勢力を公職追放したとはいえ,基本的には旧支配 層出身者によって構成される日本政府・官僚の抵抗を受けながら推進され た。警察改革においても同様であったが,改革案決定時の内閣が社会党の 片山内閣であったことがその内容に大きく影響した。警察民主化における 最大の対立点は,改革を徹底して英米流の自治体警察に再編するか,それ とも,戦争を放棄し,軍隊を持たない中で,国家的な治安維持の実力部隊 として中央集権的警察組織を再確立するかという点にあった4)。この対立 は,最終的に人口5千人以上の地方自治体に自治体警察,それ以外に国家 地方警察を置くこと,それぞれの「管理」機関として公安委員会を置くこ とで決着する。このようにして成立したのが旧警察法(1947年法律196号) である。 (4)「逆コース」による再編  占領軍による日本民主化政策は,1949年に中華人民共和国が誕生すると いった情勢を背景にして大きく変化し,東西軍事対立における「反共防 壁」としての日本再建へと急傾斜していく。  治安法については,占領中に1949年の団体等規正令による思想・信条, 結社への取締,とか,公安条例による集会・集団行進への規制が行われ, 1952年にはサンフランシスコ講和条約後の治安維持のためとして破壊活動 防止法が強い反対を押し切って制定・施行される。  また,自治体警察化による警察組織の分権化か中央集権化による強大な 警察組織かという対抗関係については,すでに1950年に現在の自衛隊の前 身である警察予備隊が創設されることによって後者へのゆり戻しが開始さ れていたのであるが,1954年には自衛隊法の制定・施行と同時に新しい警 察法が制定・施行される。この新しい警察法(1954年法162:同年6月8日 公布・同年7月1日施行)によって,自治体警察制度が廃止され,都道府 県公安委員会・同警察と国家公安委員会・警察庁という形で中央集権的警 察への再編が行われ,中央集権化の流れが勝利する。その後は広域捜査・ 取締りの必要に迫られて,都道府県警察間の権限調整が進められたにすぎ ないといってよい。 3 日本における治安法の構造 (1)典型的治安法  現在の日本において名実ともに治安法というべきものは,国レベルの破 壊活動防止法と地方公共団体レベルの公安条例である。 破壊活動防止法は,「団体の活動として暴力主義的破壊活動を行った団体」 に対する「規制措置」として「団体活動の制限」および「解散の指定」な どを定めるとともに,「暴力主義的破壊活動に関する刑罰規定を補整」す るとして内乱・外患罪の独立教唆やせん動の処罰,政治目的のための放 火・騒乱の予備を処罰する規定を設けたものである。この暴力主義的破壊 活動には,内乱や外患罪に規定する行為を「実行させる目的を持って,そ の実行の正当性又は必要性を主張した文書又は図画を印刷し,頒布し,又 は公然掲示すること」とか,「政治上の主義若しくは施策を推進し,支持 し,又はこれに反対する目的をもって」する騒乱,公務執行妨害など,さ らにはそれらの予備,陰謀,せん動まで含まれる。  公安条例は,地方公共団体により違いはあるが,集会や集団行進の遵守 事項を示した上で,それらを行おうとする者に公安委員会(実態は警察) への届出あるいは許可申請を義務づけ,無届ないし無許可で,あるいは遵 守事項や許可条件に違反して集会や集団行進を行った者を処罰できるよう にしたものである。  公安条例は,集会・集団行進規制のために多用され,それに関する裁判 例も多い。破壊活動防止法については,摘発された例は数件あるが,有罪 にまでいたったのは三無事件だけである。けれども,破壊活動防止法によ る諜報機関として設置された公安調査庁は,日常的に諜報活動を進めてき た。また警察も,破壊活動防止法による諜報活動を行っている5)(2) 機能的治安法  破壊活動防止法は制定されたものの実際にはほとんど適用されなかった。 その理由として無視できないのが,それが「思想を処罰しかねない」もの と批判する大反対運動を押し切ってようやく制定されたものだったという ことである。その後,強制的所持品検査などを認めようとする警察官職務 執行法改正法案(1958年)や破防法の小型版である政治的暴力行為防止法 案(政暴法)が提出されるが,いずれも国民的大反対運動によって日の目 を見ることはできなかった。  ここにおいて,新たな治安立法によらないで,既存の警察組織法の枠組 みを利用して「警備公安警察」を拡充するとか,道路交通法や軽犯罪法, 屋外広告物条例などといった市民法や市民刑法に属する法律を治安法的に 運用するという手法がとられるようになる。これを「機能的治安法」とい う。この流れにおいて刑法典上の犯罪である凶器準備集合罪とか文書偽造 罪や住居侵入罪とかも,過激派集団の取締に利用できるように,拡大解 釈・適用され,判例となっていく。 (3) 安全保障的刑法への動き  現代刑法の特徴として,抽象的に危険な行為ないし態度がなされれば侵 害結果が生じなくてもそれだけで犯罪にすべきだという思想に基づく刑事 立法が優勢になっている。この思想傾向を事前的予防主義という。近代的 市民刑法は,権利侵害があって始めて犯罪にできるというのが原則だと考 えていた。自由という人権を基礎にして考えると,近代的市民刑法の方が 妥当である。学説の多くが最近の事前的予防主義を批判的にとらえている のは,自由を基本的人権とする以上,当然であろう。  事前的予防主義による立法は,テロリズムや経済犯罪,環境犯罪に対す る対応を中心にして進行してきたのであるが,80年代以降,薬物犯罪への 対応をめぐり新たな展開を示すことになった。日本では,1991年3月公布, 92年7月施行の「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する 行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法 律」を嚆矢とし,1999年8月公布,2000年2月施行の「組織的な犯罪の処 罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」や1999年8月公布,2000年8月施 行の「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」などにいたる,組織犯罪 取締での国際協調を理由にする立法が進行している。  これらの立法には,レーガン政権時代に米国が「薬物との戦争」に乗り 出し,それを国際政治の日程に乗せ推進したことが,大きな影を落として いるといえよう。これらの立法では,自由保障のために必要とされてきた 伝統的な刑事法の諸原則が,「戦争」に必要な国際協調という名の下に後 退させられている。また,それらの立法の基礎には,「組織的」であるこ とが犯罪の悪質さを加重するという発想がある。けれども,そのような発 想が結社や集団を危険視し,それらに対する刑事規制を強化しようとする 思想に連動することは歴史の教訓である。個人行為責任の原則,その原則 にたったうえでの共犯規定(任意的共犯を原則とし,必要的共犯を例外と する。)及び共犯従属性原則は,発生史的に見ると前近代的な団体責任を 否定するためのものであったが,それらは結社や集団行動の自由をも保障 するにいたった現代人権法とも整合するものなのである。  ところが今また,国連組織犯罪条約を批准するためという理由で,威力 業務妨害などを含む500を超える罪種で「組織的な」犯罪の「共謀」を独 立に処罰できるようにする法案が準備されている。戦前の治安警察法など への反省から,戦後の日本では,結社罪に関する立法は行われてこなかっ た。今回もこの線は維持されているが,組織的であることが危険視されて いることに変わりはない。この立法を認めれば,次にくるのが,警察によ る電気通信の盗聴にとどまらず,室内の盗聴まで法認せよとの要求であろ う。それなくしては,実効性のない立法になってしまうからである6)。け れども,室内盗聴まで法認したドイツでの経験7)から判断すると,それに よっても当初の立法目的を達成するには程遠い,実効性のないものになら ざるを得ないだろう。  新自由主義政策が醸成する「自己責任」強調意識は,その裏返しとして の不安感の増大とあいまって,厳罰主義への傾斜を強めている。上から競 争を組織され,孤立させられるなかで,連帯や寛容の精神が後退し,「異 分子」排除の意識が,一部で排外意識と絡み合いながら,醸成されようと している。このなかで,特に90年代後半以降,国民の「安全」を超えて 「安心」や「安全感」までを警察や刑法によって保護しようとする動きが 強まっている。それは,警察による「困りごと相談」体制の強化,ストー カー防止法や各地における迷惑防止条例の改正,落書処罰条例の制定など に典型的にあらわれている8)。  以上の動きが伝統的な市民刑法の限界を超え出ていることは明らかであ ろう。今日,刑法の事前的予防主義化は,万が一生じるかもしれない重大 な危険に事前に備えるという意味で安全保障的な刑法へと傾斜していると いえるのではなかろうか。市民刑法の装いにおける「平時の有事化」であ る。 (4) 憲法の平和条項と軍事法・治安法の緊張関係  日本では,憲法に戦争放棄の平和条項があることから,刑法典に軍隊の 存在を前提にした条項がないだけでなく,国家機密保護法も存在しない。 国家機密保護法を制定しようとする動きは,スパイ事件の摘発や日米共同 作戦態勢強化の動きが出る度に浮上するのであるが,反対運動に押し戻さ れ,未だ実現していない。  憲法からすれば,日本に軍事刑法は存在できないはずだが,日米安保法 体系には軍事刑法といえるものが存在する。日米安保条約第6条に基づく 合衆国軍隊の地位協定の実施に伴う刑事特別法がそれである。そこには, 施設・区域侵犯罪で1年以下の懲役又は罰金(同2条),軍用物損壊罪で5 年以下の懲役又は罰金(同5条),合衆国軍隊機密探知・収集罪で10年以 下の懲役(同6条)などが規定されている。  なお,自衛隊法118条以下にも罰則規定がおかれているが,ほとんどが 自衛隊員の服務規律違反への刑罰規定であり法定刑も軽い。最も重いもの で,防衛出動命令違反罪の7年以下の懲役又は禁錮である(122条)。一般 国民も,それらの教唆,せん動,幇助で処罰されるが,一般国民が正犯に なりうるものとしては,自衛隊の防衛供用物の損壊・傷害が5年以下の懲 役又は5万円以下の罰金に処せられる(121条)などで,限られている。  軍事法と治安法の接点をなすのが,自衛隊法が定める「治安出動」であ る。これには,「命令による治安出動」と「要請による治安出動」がある。 前者は,内閣総理大臣が「間接侵略その他の緊急事態に際して,一般の警 察力をもつては,治安を維持することができないと認められる場合に」命 じることができるものである(同法78条)。後者は,都道府県知事が,「治 安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合に」,内 閣総理大臣に要請し,それを受け,内閣総理大臣が命じることのできるも のである(同法81条)。治安出動は「国民に銃剣を向けるもの」との受け 止めが支配層内部にもあり,これまでどちらも発動されたことはない。  しかしながら,ソ連邦崩壊後の軍事情勢の変化を踏まえ,治安出動制度 についても新しい展開がなされたことに注意しなければなるまい。それは, 防衛庁と警察庁との間で結ばれた協定に端的に示されている。両者の間に は治安出動に関する協定が存在していたのだが,2000年12月にその基本協 定,2001年2月にはその細部協定が全部改正された9)。それらにより,治 安出動の要件がかつての「暴動」対応型から潜入破壊工作員対応型に改め られ,自衛隊の役割が「警察の後方支援」から同時的支援に前倒しされた。  それらとともに重大なのは,防衛庁と警察庁との「平素からの密接な連 携」が打ち出されたことである。「平時の有事化」や「治安法と軍事法の 融合」がここでも進行している。 4 日本における警察の構造 (1) 都道府県警察・公安員会制度と中央集権的警察の関係  自治体警察を廃止した1954年新警察法も,警察管理機関としての公安委 員会制度を一応維持し,都道府県警察の存在を認めた。それなのに,なぜ 中央集権的警察なのか。その理由は,警察組織全体として中央集権的な内 部統制が可能な仕組みになっているということにある。  国家警察である警察庁を「管理」するのが国家公安員会であるが,その 委員長は国務大臣が兼ね,委員は内閣総理大臣が両議院の同意を得て任命 する。国務大臣の任免権は内閣総理大臣が持っている。委員は5人である ので,両議院での同意が実質的に機能すれば多様な階層から有能な人材が 選出される可能性はある。けれども,実際には,事務局機能を担うのが管 理の対象である警察庁とその官僚であるため,公安委員会による警察の民 主的統制は弱いものにならざるを得ない。  都道府県警察への国の統制はまず,その上級警察官僚の任免を通して行 われる。すなわち,@ 都警察の警視総監は,国家公安委員会が,都公安 委員会の同意を得たうえ,内閣総理大臣の承認を得て,「任免」する。A 道府県警察本部長は,国家公安委員会が道府県公安委員会の同意を得て, 「任免」する。B 警視正以上は国家公務員とされ,国家公安委員会が都道 府県公安委員会の同意を得て任免し,その給料は国の予算で執行する。ま た,警察庁の通達や訓令は,都道府県警察にも決定的な影響を与えている。  さらに,大規模な災害又は騒乱その他の緊急事態に際して国家公安委員 会の勧告に基づき発せられる「緊急事態の布告」(警察法71条)と内閣総 理大臣による統制(同法72条),警察庁長官の命令・指揮等(同法73条) に見られる警察は,中央集権的国家警察そのものであるといってよい。 (2) 警察組織法と警察作用法  警察組織法の基本は,警察法である。警察作用法の基本は,行政警察作 用法としての警察官職務執行法と,司法警察作用法としての刑事訴訟法で ある。いずれの作用法も,個別具体的な警察活動が遵守すべき事項を詳細 に規定している。たとえば,強制でなく任意のものであるにすぎない職務 質問についても,その許されるための要件を詳細に定めている(警職法第 2条)。警察が具体的な活動をするためにはそれについての個別的な作用 法上の根拠が要るというのが,法律の趣旨である。  ところが,実際の警察活動は,作用法に明文規定のある事項については それを根拠にするが,明文規定のない事柄についてはそれを行うことが許 されないものと解するのではなく,組織法上の組織目的ないし責務に関す る一般条項を個別作用の法的根拠として援用するという形で行われている。 これがもっとも露骨に行われてきたのが,公安警察による一般情報収集活 動である。犯罪情報でも,警備情報でもない,つまり犯罪や国民の安全に 直接関係のない国民生活一般の情報の収集を警察に許容する警察作用法の 条項は存在しない。それにもかかわらず,警察は,警察法2条の「警察は, ……犯罪の予防……その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもってそ の責務とする。」という組織法上の一般条項を援用して一般情報収集活動 を大々的に展開している。ここでなぜ公安警察と限定せずに「警察」とし たか,また「大々的」といったかについては,政治警察について後述する ところで明らかとなろう。  作用法上の根拠を軽視ないし無視する傾向は,強制にわたらない警察活 動であれば作用法上の根拠がなくとも警察の行政裁量で行うことができる という論理に支えられて,公安警察分野以外でも,広範に存在してきた。 警邏警察による「巡回連絡」,少年警察による「少年補導」などはその例 である。最近,厳罰主義や警察依存の風潮に応えるという形で,この傾向 に一層の拍車がかかってきた。2000年3月4日警察庁次長名の「犯罪等に よる被害の未然防止活動の徹底について(依命通達)」は,「現在,警察に 強く求められてものは,『安心して暮らせる空間』確保のための諸活動で ある」として,その要請にこたえるためとして出されたものだが,それを 受けた平成12年3月13日警察庁生活安全局長・警察庁長官官房名の「困り ごと相談業務の強化に係る実施要綱について」では,困りごと相談業務で なされる「刑罰法令に触れないが,将来,相談者等に危害が生じるおそれ があると認められる場合」の「指導・警告又は説得」の法的根拠は「相談 者等の要請」と「警察法に規定されている『犯罪の予防』という目的を達 成するために」それを実施するということに求められている。 (3) 市民警察と政治警察  警察法の定める警察は市民警察である。警察法には,「個人の生命,身 体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交 通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもってその責務とす る。」(同法2条1項)及び「警察の活動は,厳格に前項の責務の範囲に限 られるべきであつて,その責務の遂行に当つては,不偏不党且つ公平中正 を旨とし,いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉に わたる等その権限を濫用することがあってはならない。」(同条1項)と規 定されているからである。その「公共の安全と秩序の維持」も,「その他 の」でなく「その他」に続くことから明らかなように,個人の生命,身体 等の保護等という形で例示されたものと同列のものであると解されるべき である。「国家の平穏や社会の安寧秩序」の保護に任じるわけではない。 警察法は政治警察を認めていないというべきである。  ところが,実際の警察活動では,警察庁の内部部局として警察法の定め る「警備局」の中に,「警察庁組織令」という内閣の定める政令により警 備課に加え「公安課」を設け,警察法では明記されていない警備情報の収 集・整理業務や政治犯罪の取締を担当させることになっている。これに 倣って,都道府県警察にも公安課が設置されている。これらの公安課はそ の職務内容からして政治警察そのものであるといわざるを得ない。  さらに問題なのは,市民警察である警邏警察が,「警備の触覚」として, 一般情報を含む警備情報収集活動を担うにいたっているということである。 確かに,現在の警邏警察が行っている「巡回連絡」は,戦前の「戸口調 査」とは違い,警察官の質問に答える義務はない。任意のものである。け れども,それに明文の法律上の根拠はない。そればかりか,現在の警邏警 察には,各世帯の構成員の氏名,性別,年齢,勤務先などを記載する「巡 回連絡カード」に加え,それら以外の重要情報と思われるものを記載し, 関連事務課に提出される「注意報告書」なるものが存在する。しかも,巡 回連絡の「活動重点は注意報告に値するような情報の発見・収集におかれ ている10)。」といわれる状況にある。  この動きは,1970年9月の通達「都市における外勤警察の改善方策につ いて」(警察庁乙保発第13号)が,外勤警察活動の基本活動の一つとして 管内の「実態は握活動」をあげ,「警備の触覚」としての役割を果たすこ とを明確にした11)ことにより始まった。その後においても,1989年の「外 勤警察運営規則の一部を改正する規則」(1989年5月11日国家公安委員会 規則第8号)は,この方向を一層強化している12)。2003年4月1日現在, 全国で警察署1269,交番6556,駐在所7882。この規模の交番や駐在所の 「おまわりさん」が公安警察の触覚としても日々活動しているのである。 交通警察による通過自動車識別システムにより収集された個人情報,コ ンビニエンス・ストアーや駅の構内,街頭に設置された監視カメラにより 収集された個人情報が,警察のコンピュータに集積され,利用される。そ のような情報収集を警察が行う法律上の根拠は,組織法である警察法上の 「犯罪の予防,公共の安全と秩序の維持」という抽象的一般的な警察の責 務規定に求められてきた。「犯罪の予防」に関する情報は,個人情報に関 する開示請求などの対象からはずされ,また情報の公開でも非公開情報と されてきた。したがって,そのようにして電子監視装置により収集され集 積された情報が,政治警察により活用されていないという保証は,残念な がら,存在しない。  市民警察の外装の中に政治警察がもぐりこみ,しかも政治警察が警察内 部で優位を占めるような状況がある。このような法律に反する事態が法律 によることなく進行している。情報機関(諜報機関)と警察は分離されな ければならず,情報機関には強制権限を与えない。この原則性を今でも自 覚しているのがドイツ13)である。日本でも,諜報機関である公安調査庁は 警察から分離され,任意の調査権限しか与えられなかった。それにもかか わらず,実力部隊としての警察に諜報機関としての役割を果たさせている。 ここに日本警察の最大の問題がある。 5 警察とその他の情報機関との関係 (1) 公安調査庁  公安調査庁は,破壊活動防止法に基づいて設置された情報機関である。 オーム事件が起こった後,オーム後継団体に対する規制権限も手に入れた が,行政改革によるリストラの対象であるという状況に変わりはない。 「生き残り」のために14)最近では,法律で認められた調査権限を超え,広 く各種市民団体の動向調査にまで手を広げている15)。漏出した内部文書で そのことが明らかになり,日本ペンクラブなどが抗議声明を出している。  公安調査庁の規模は,1999年で定員1688人,予算179億8千百万円16)。 それに対し,警察ではその年の東京都警視庁公安部だけで870人(なお, 凶悪犯罪の取締にあたる同刑事部の捜査一課は300人弱)といわれる17)。 警察関係の定員(2003年度の全国総数)は27万8307人,内,警察庁:7498 人(内,一般職員5,036人),都道府県警察:270,809人(内,一般職員 29,077人,地方警務官599人)。地方警務官とは,一般職の国家公務員であ る警視正以上の階級にある警察官をいう。同年の警察予算を見ると,警察 庁:2675億3800万円(国の一般歳出総額の約0.6%,前年度に比べ164億 8200万円減少;5.8%減少),都道府県警察:3兆4297億2400万円(都道府 県予算総額の6.6%,前年度に比べ166億4000万円;0.5%減少)。ただし, 警察官増員のための予算部分は増加。この数字からだけでも,情報機関と しての警察の大きさが分かるであろう。 (2) 内閣情報調査室  もう一つ挙げるとすれば,内閣情報調査室である。それは,「内閣の重 要施策に関する情報の収集及び分析その他の調査に関する事務を担当」し, 「内閣情報官のもとで,次長及び総務部門,国内部門,国際部門,経済部 門,内閣情報集約センター並びに内閣衛星情報センターで分担し,処理」 している。法的根拠は,内閣法と内閣官房組織令である。 その構成メンバーの出身官庁を見ると,警察からの派遣や兼任が多い18)。 ここからも,警察が占める位置の大きさが分かるであろう19)6 警察腐敗の顕在化と刷新の動き (1) 続々と発覚する警察不祥事とその要因  法律によることなく巨大な権限を手に入れた警察ではあるが,そのこと は他方で組織内部に腐敗を生むことになってしまう。  腐敗の要因は第1に,領収書なしで出金できることを利用した裏金作り である。公安警察の調査費,情報提供者に渡す謝礼などは,とりわけ秘匿 の必要性が高いということで,空出金の対象とされやすい。この問題につ いては,警察高級官僚であった人が自分の罪を告白・懺悔した著書を出版 し20),話題になったこともある。  第2は,一握りのエリート官僚が25万人を越える一般警察官や職員を支 配することを可能にするキャリア・システムである。上命下服の厳格な服 務規律,それを担保するための監察制度。それらが上級官僚のたるみと上 に物言わぬ一般警察官を生み出してしまった21)。  第3は,「捜査の秘密」に名を借りた全体としての秘密主義である。警 察のミスや不祥事を内部で処理してしまおうとする。警察に不都合な事件 をもみ消そうとする。  それらの弱点が1990年代後半に一気に顕在化するにいたる。神奈川県警 における一連の職務関連犯罪とその隠蔽という不祥事,1999年に起きた桶 川ストーカー殺人事件や栃木県石橋殺人事件での不誠実な対応による重大 結果の発生,さらには2000年初めの新潟県警事件などである。特に新潟県 警事件は,県警本部長や特別監察に赴いていた管区警察局長までが,略取 監禁という重大事件が発覚したにもかかわらず温泉旅館で会食・遊興を続 けたというものであったことから,深刻であった22)。  この事態に驚いた国家公安委員会は2000年3月,有識者による「警察刷 新会議」を急遽立ち上げ,警察改革に乗り出すことになる。 (2) 警察刷新会議の提言と警察改革要綱  警察刷新会議は2000年7月13日に「警察刷新に関する緊急提言」を策定 した。それは, 1)問題の所在として,@ 閉鎖性,A 国民の批判や意見 を受けにくい体質,B 時代の変化への対応能力の不足を挙げた上, 2)刷 新の方向として,@ 情報公開で国民に開かれた警察,A 苦情を言いやす い警察に,B 警察における監察の強化,C 公安委員会の活性化,D 住 民からの相談への的確な対応,E 警察職員の責任の自覚,F 住民の意見 を警察行政に生かすために警察署協議会の設置,G キャリア・システム の弊害是正のための人事・教育制度の改革など,を提言した。  この提言を受けて,国家公安委員会と警察庁が取りまとめたのが,「警 察改革要綱」(2000年8月)である。この要綱は,とりわけ情報公開にお いて刷新会議の緊急提言よりも大きく後退したものとなった。緊急提言は, 風俗営業の許認可,交通の規制・運転免許証の発給,災害警備等の行政警 察活動に関する情報については,原則として開示すること,個別の警察活 動に支障を及ぼすおそれがないと認められる旅費及び会議費に関する会計 支出文書も原則として開示することを含んでいた。けれども改革要綱は, これらを開示対象に含めなかった。 (3) 警察改革の課題  警察刷新会議の提言も,拙稿が警備公安警察について指摘した重大問題 には言及していない。また,以前から指摘されていた外部監察制度の採用 にも踏み切れなかった。単に住民に警察の活動を説明し,その意見要望を 聴くことを制度化するにとどまっている。警察不祥事の要因である会計支 出の不明朗さを克服するための情報公開もネグレクトされてしまった。  キャリア・システムについても,キャリア組にも現場経験を踏ませるとか, 昇任のスピードを若干緩めるといった小手先の手直しにとどまった。古く からなされていた警察官に団結権を保障すべきだという提案も無視された。  しかし,今必要なのは,刷新会議の提言や警察改革要綱では無視ないし 軽視された上記事項の実現なのである23)。  2003年にようやく包括的な情報公開法と個人情報保護法が制定された。 しかし,残念ながら,そこにも大きな問題が残された。  「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(1999年5月制定, 2001年4月施行)第2条により国家公安委員会および警察庁もその「行政 文書」が公開の対象になる「行政機関」に含まれることになった。しかし 問題は,同第5条第4号「公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜 査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼ すおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情 報」が「不開示情報」とされていることである。また,個人情報保護法制 においても,思想・信条・病歴などのセンサティブ情報について収集禁止 などの明文規定は設けられず,また,「犯罪の予防」に関する事務に使用 される個人情報ファイルを個人情報ファイル簿に掲載しなくてもよいよう な構造になっている。これでは開示請求をすることさえできなくなってし まう24)。警察による一般情報収集活動が「犯罪の予防」を根拠にして行わ れている現状を前にすると,そのような情報公開法制や個人情報保護法制 には大きな問題があるといわざるを得まい。警察との関係では,すでに部 分的ではあるが実現した情報公開に加え,個人情報の保護がきわめて重要 になっていることを強調しておきたい。 おわりに  1990年代の半ばまで,「日本は犯罪率が低く,検挙率が高い」といわれ ていた。けれども,2000年を境にして犯罪率が急に高くなり,検挙率が急 に低下するといった状況に陥っている。この現象については慎重な分析と 評価が必要だ25)が,日本の治安や警察が大きく揺れていることは確かであ る。  この中で,警察は組織犯罪や外国人犯罪に対する対策を強化するための 組織強化・改編計画と警察官の2万人増員計画を打ち出した。警察力の一 層の増強が日本をどの方向に導くことになるのか。幸せな方向でないこと だけは確かである。  人権や民主主義の実現にとって平和がいかに重要か。平和にとって人権 や民主主義がいかに重要か。私たちは,20世紀に身をもって学ぶことがで きた。今日における治安法と警察の動向を見るにつけ,改めてそのことの 重要性を痛感する次第である。 [付記]  本稿は,2003年10月ソウル大学にて行われた「現代韓国の安全保障と治安法 制」第4回日韓共同研究会における報告原稿に加筆したものである。故乾昭三 先生は,朝鮮半島で少年期を過ごされ,敗戦により日本に引き揚げられた後, 末川博先生等とともに立命館大学における平和と民主主義の教学理念の確立・ 発展に尽力された。法学分野で進められている日韓共同研究の成果を(その一 端ではあるが,)先生に捧げることにより,平和への誓いとしたい。 [引用文献] 1) 日本の行政法学上の警察の概念についてはフランス法やドイツ法の影響下で形成された ものといえるが,戦後アメリカ法の影響下で行われた政府機構や警察の改革との関係で見 直しが必要なように思われる。伝統的な定義の検討については,室井力編『現代行政法入 門〔第4版〕』(法律文化社・1995年)91頁以下および警察制度研究会編著『現代行政全 集23警察』(ぎょうせい・昭和60年)23頁以下など参照。 2) 杉村外編『警察法入門〔第2版〕』(有斐閣,1981年)182〜183頁参照。 3) ただし,その権限は裁判所によるチェックや被疑者の黙秘権などにより制約されたもの である点に戦後的特徴をみておくべきであろう。田宮裕「刑事訴訟法における警察の役 割」『法学セミナー増刊現代の警察』(日本評論社・1980年)64頁以下参照。 4) この対立はGHQ 内部における民政局と民間諜報局参謀第二部公安課の対立でもあった ことについては,古川純「警察改革─民生(ママ)局(GS)と公安課(PSD/CIS)の対立 を中心に」『法学セミナー増刊現代の警察』(日本評論社・1980年)192頁以下参照。 5) 破防法は,公安調査庁と警察とは「情報又は資料を交換しなければならない。」(29条) としているが,「双方が協力して情報収集にあたることは全くといってよいほどない。」 (青木理『日本の公安警察』(講談社現代新書・2000年)218頁)とされる。 6) しかし,強い反対を押し切り,組織的犯罪取締に必要だとして導入された通信傍受とい う名の盗聴も,実際に実施されたのは,わずかの事件,それも大掛かりなものとはいえな い事件であるにすぎない。しかも,ヒット率は2割強。7割強は関係のない通信が盗聴さ れたことになる。この点については,拙稿「犯罪の動向と住民の安全──犯罪認知件数の 増加と検挙率の低下をどう見るか!──」月刊自治研2003年10月号55頁参照のこと。なお, この「通信傍受法」が捜査段階で初めて適用された覚せい剤密売事件に対する東京地裁判 決の事案は,暴力団幹部が,「01年12月〜02年2月,横浜市や川崎市,東京都港区の路上 などで,7人に覚せい剤計約14グラムを計26万9千円で売るなどした。」というもので あった。(朝日新聞2003年9月19日夕刊大阪本社3版14面)。 7) ドイツでの大盗聴(Grosse Lauschangriffe)に関する実証的研究に取り組んだハンス・ イェルク・アルプレヒト教授が,立命館大学にて開催された国際シンポジウム「国際組織 犯罪と人間の安全保障」(2003年12月12日〜13日)において,質問に対し具体的に数字を あげつつ行った発言参照。 8) この点についての分析・検討は,拙稿「法意識の変化と刑法の変容」国際公共政策研究 6巻2号(2000年3月)49頁以下及び拙著『行為原理と刑事違法論』(信山社・2002年) 15頁以下の「序論世紀転換期の刑法現象と刑事違法論の課題」参照のこと。 9) 平成12年12月4日防衛庁長官と国家公安委員会委員長との間で締結された「治安出動の 際における治安の維持に関する協定」(昭和29年9月30日の旧協定の「全部を改正する」 協定)及び平成13年2月1日防衛事務次官と警察庁長官との間で締結された「治安出動の 際における治安の維持に関する細部協定」(昭和32年12月25日の旧細部協定の「全部を改 正する」協定)。「平素の連携」という見出しのついた細部協定第4条には,「防衛庁運用 局長」と「警察庁警備局長」・「警察庁情報通信局長」は,「平素から情報を交換するとと もに,訓練その他の事項について密接に連携するものとする」とある。平素からの連携は, 基本協定には明記されていなかった事柄である。 10) 村山眞雄『警邏警察の研究』(成文堂・1990年)199頁。 11) 70年安保闘争期に強化された警備公安警察の態勢がもとに復するわけでないことの例と してこの通達をあげるのが,広中俊雄『警備公安警察の研究』(岩波書店・1973年)321頁 以下。 12) この内容については,村山・前掲書注10)206頁以下参照。 13) Vgl. Fredrik Roggan, Handbuch zum Recht der Inneren Sicherheit, Pahl-Rugestein Verlag, 2003, S. 17 14) 公安調査庁がリストラの対象に挙げられた理由として,2000年の大嘗祭に向け自民党の 中から中核派に破防法を適用せよとの要望が出されたが,結局発動できなかったことがあ るといわれている。オームの大量殺人事件にも適用できなかった。人権保障との調和を図 ろうとすれば,政治的治安法は実効欠損に陥らざるを得ない。実効的にしようとすれば, 人権を侵害する必要がある。このジレンマから免れないのが,現代治安法であろう。 15) 公安調査庁の総務部企画調整室名の内部文書によると,このような調査対象団体の拡大 は,公安調査庁設置法や破防法の規定との関係で問題になることは認めつつも,従来の 「調査対象団体」は「これらの規程(ママ)に照らしても狭すぎたきらいがある。」(角田富 夫編『公安調査庁..文書集市民団体をも監視するCIA 型諜報機関』(社会批評社・2001 年)198頁)という。けれども,「現在までのところ暴力主義的破壊活動を行っておらず, また,将来においてこれを行うことをその方針としているか否か必ずしも明らかでない団 体であっても,将来情勢次第ではそのような活動に走る可能性があると考えられる団体」 (同上196頁)まで調査対象団体にできるのであれば,そこにはもはや限界がないというべ きであろう。 16) しんぶん赤旗1999年11月29日 17) 青木・前掲書注5)31頁参照。 18) 併任34名を含む124名中26名(1995年4月現在)。角田・前掲書注15)241頁「別紙6[出 身省庁別人員表]」参照。 19) 警察官僚がさらに在外公館や防衛庁にも出向し,また国会議員に転出し政権政党の有力 議員になっていることなど,現在の日本の権力機構の中で警察が巨大な力を持つにいたっ ていることを指摘するものとして,自由法曹団編著『警察と市民の人権』(みずち書房・ 1984年)238頁以下,神一行『警察官僚日本警察を支配するエリート軍団増補版』(勁 文社・1995年)58頁以下など参照。 20) 松橋忠光(元警視監)『わが罪はつねにわが前にあり──期待される新警察庁長官への 手紙──』(オリジン出版センター・1984年) 21) 上に物言わぬ警察官という点についての元警察官の発言として,黒木昭雄『警察はなぜ 堕落したのか』(草思社・2000年)163頁以下。 22) 警察刷新会議の引き金を引いたのが新潟県警事案であることは疑いないとするのが,北 村滋・竹内直人・荻野徹編著『改革の時代と警察制度改正』(立花書房・2003年)103頁。 本書は,警察制度の改正にかかわった警察官僚達が編集・執筆したものである。 23) 同様の提言をしているものに,自由法曹団「警察の抜本的改革をもとめる決議」(2000 年10月23日自由法曹団2000年富山総会)がある。なお,日本弁護士連合会も「警察活動と 市民の人権に関する宣言」(1994年10月21日)を出すなど,折に触れ警察に対する改革提 言を行ってきていた。462頁に及ぶ大著である日本弁護士連合会編『だいじょうぶ? 日 本の警察|検証|警察改革』(日本評論社・2003年10月)はその集大成であるといえよ う。 24) この問題状況は,2003年に制定された「行政機関等の保有する個人情報の保護に関する 法律」においても,その11条3項や14条5号を見る限り,克服されているとはいえない。 25) この分析・評価については,拙稿・前掲論文注6)「犯罪の動向と住民の安全」46頁以 下参照のこと。
inserted by FC2 system